警告本2冊を偶然続けて読んだのでした。
スガ 秀実、渡部 直己 『新・それでも作家になりたい人のためのブックガイド』(太田出版)。タイトルに新のつかない前作から実例は入れ替えられていますが、主張は変わっていないのでした(10年以上前にCWSで渡部氏の講義受けましたけど、当時からもまったく同じ)。正直、その存在に気づかれず、また守るのが大切であるとも思われていないディシプリンに果たして存在価値はあるのかとか私はちょっと思ってしまいます。いや、目利きが絶滅してしまった世の中でクォリティはどこまで維持できるのか。滅び行く宮大工の技術を守ろうと立ち上がるような人が文学にも登場するのか。そもそも、「文学は革命の代替であってほしい」「メンタリティの新しさが欲しい」という著者のおふたりの願いは、すでに今の時代の要請とは外れてしまっているような気もするのですが。
コモエスタ坂本『低度情報化社会』(光文社)。ご本お見かけするのがごぶさたとmixiに書いたら、ご本人が光臨して三中信宏氏に続いてびっくらげーしょん(死語)でございましたが。一部、論拠なくご本人の感覚だけで書いているから、自分にはちょっとうなずけないところもありましたし(例:「ケータイは性器である」<-いや、電車の中でスーツ姿のぱりっとした人が絵文字満載のかーわいい携帯メールを彼女だかに打っているのをうっかり横目で見ちゃって、「スーツの鎧の裏の見たらいけないものを見てしまったよ!すすすすまぬ!」と恥ずかしく思うことはありますが)」、「結論が書を捨てろ?街に出でよ?え?」と思いましたが、全体としてうなずけました。ネットにひきこもって同質なネットの情報にまみれていると、本当に知力もコミュニケーション能力もしぼんでしまうのです。要注意です。いや反動で鉄や羊毛などの極端な手づくりに走る自分もどうかと思いつつ。