芹沢文書さんのエントリー「知識よりも調査力を」を読んでいて(良いエントリーです)、実はそれよりもう一段階前が問題なんじゃないかと考えたので書いてみます。
検索が下手な人は、検索オプションを使いこなせないから下手なんじゃなくて、そもそも「検索クエリーを一回投げてあきらめる」のがだめなんじゃないんでしょうか。
(注…以前、検索の鉄人の関さんも講演で同じことをおっしゃっていたと思うので、オリジナルな意見ではないです。良い論文の探し方=「リファレンスを芋づる式にたどる」のと同じ原理です)
・自分がよく知らない分野のことを調べるには、最初に思いついた単語で検索しても一回で良い結果は出ません。これはそういうものだと割り切ることが必要です。
・なので、ここで悩まない。一度検索して出た結果のうち、サマリー読んで「よさそうなサイト」を訪問し、周辺の文を読む。1サイトでだめなら何サイトか同じことをやる。そうすると自分が最初検索した語より良い語か、あるいは関連語があぶりだされるはずです。その語で再度検索しなおす。これの繰り返しです。つまり、検索サイトでは「複数回検索しなおして検索語を自分で鍛えていく」ことが重要。
(注1…ネット歴が長く、精度の悪い検索サイトの利用歴の長い方にはあたりまえすぎるかも。でも、最近そういう検索をしたことがない方も多くいるようなので書いてみました)
(注2…分野によってはネットにドキュメントがなくてどうしても出ないこともあります。その場合は書籍・雑誌を探す方に切り替えたことが良いです。どこまで検索すればよいか限度を自分で決めた方が良いような)
関係ないですが、最近危惧しているのは、キーワード検索がポピュラーになってからみんなキーワード偏重主義になっていて、「キーワードでヒットしないとコンテンツは存在しない」みたいに思われていること。実はそうではないこともよくあります。以下、その例です(ミクシィ日記でも同じことを書いたので重複ごめんなさい)。
三浦展『大人のための東京散歩案内』(洋泉社新書)・坪内ミキ子『母の介護』(新潮新書)という2冊の新書があります。両書ともネットに載っているタイトル・サブタイトルに同潤会アパートという語は出てきませんが、これらの本には同潤会アパートに関する記述がたくさんあります。
著者のプロフィールを知っていて「この人がこのテーマの本を書くときにはこういう内容がきっと含まれるはず」というアタリをつける感覚が大事といいますか。その嗅覚こそ、メタ知識といいますか、調査力として重要なポイントなのではないかなあとかとか(いえ、それを身につけるのが難しいのですが)。そのへんのことをサポートできるからSNSいいんじゃないかなあとかとか思う最近です。
コメント (1)
おお、確かに「ちょっと調べてすぐ諦める」パターンを考慮していませんでした。
データの信頼性について各方面で疑問の声があるWikipediaですが、文中リンクを辿って広範な情報を一挙に取得できる構造は重要だと思いました(Wikipedia独自のものではなくWikiに特徴的なシステムですが、それを百科事典に応用した先見の明は評価されるべきでしょう)。
実際、検索結果からWikipediaのものは優先的に見に行ってしまいます。そこからの情報で事足りる状況も多いので。
投稿者: 芹沢 | 2007年08月02日 16:49
日時: 2007年08月02日 16:49