JAIST MOTオリエンテーション@東京サテライトキャンパス(田町)に行ってまいりました。学生証をいただき、履修手続きなどの説明を受け、電子証明書を取得。自分でメールアカウントをひとつ作ってよかったので、会社のと同じにしました。まだあまり実感が湧いていないのですが、本当に学生になるんだなあと。
以下、感想です。
・大学の情報環境って恵まれてますね。いいなあ。一度石川に行ってCray XT3を見せてもらいたいと思ったミーハーな私。
・大学教職員の名称が平成19年4月1日(まさしく今日!)から助教授->准教授 、助手->助教に変わったそうです。耳慣れないのでなんだか外国の小説を読んでいる気分ですが。
・JAIST MOTでは、学生ひとりに対し、指導教官が3人つくという充実の指導体制。論文を書く主テーマ以外にそれとは全く離れた副テーマも選ばないといけません。MOTのカバーする分野が広いため、ひとつの狭いジャンルに絞り込むのではなく、こういう形(=2本の専門軸を持つπ型人材育成をめざす)になっているそうです。へー。…って、入学説明会できっと説明があったはずと思うのですが、実は自分は入学するのを3年くらい迷っていたため、入学説明会も3年前くらいにいちど行ったっきり。内容をすっかり忘れておりました。
・受ける講義の履修申請を1週間以内にしないといけないのですが、悩みます。どの講義も興味深いのですが、座学だけではなく議論が入るので、単に自分の知的好奇心を満足させるという理由だけで選んでも授業に貢献できないなあと。あと仕事と両立させようと思ったら、むやみにたくさん受講してもレポートを書く時間がとれないのではないかなあ。論文のテーマに結びつき、かつ、これまでの実務で得た経験や術が整理できる、という視点で選ぶ必要あり、です。
・自分のテーマ(Webマーケティング)はまだぬるーくて抽象的なのでこの1年で考え抜かなくては来年論文書けないぞ、と危機感を持った次第。
本日は会社から速攻で帰宅して、自宅で履修登録について考慮一下。
講義は「技術経営中核講義」「知識科学中核講義」「一般講義」の3つに分かれていて、それぞれの分野で必要な単位数が定められています。JAIST MOTはあくまで「知識科学の中でのMOT」というスタンスを取っているので、技術経営の講義オンリーではないのです。自分としては、知識社会論や知識システム論などに大変興味があるので、待ってました、という感じですよ!あと、今年は開講されないのですが、デザイン認知論とかね。どんと来いやー(だから今年は来ないんだってばよ…)。
とは言え、時間がない社会人なので、あまり欲張らず、卒業に必要な最小限の単位プラスアルファ程度にとどめておこうかと思っています。あとで変更もきくということで、慣れて時間の使い方に余裕が出てきたら追加しようっと。
教科書購入が必要な科目はあまり多くないのですが(資料が配られる授業がほとんどとのこと)、自分の履修予定の科目をチェックすると、合計5冊購入要の様子。調べると新品ではちょっとお高い本もあったので、アマゾンのマーケットプレイスでゲットしてみました。
大学のメールアドレス宛にサークルや部活へのお誘いメールがたくさん届くようになり、なんだか遠い昔の自分の大学時代を思い出してほのぼのしている最近です。
JAIST MOTでは研究テーマが決まるまで、学生番号順に仮に研究室に配属されるのですが、自分の仮配属先の研究室の先生が東京に出張で来られるということで本日、面談していただきました。研究テーマの選び方や履修科目やリサーチ方法について、など。
2年でMOTコースを修了しようと思うと、来月くらいには研究テーマを決めておかなければならず。また、1年でアクションを起こして結果が出るくらいの大きさの課題でないとだめだということで。うおおお。テーマ絞り込む時間ないぞー。できるのかー。とりあえず、マーケティングを論文のテーマにするなら必要、ということで、当初履修を予定していなかったマーケットリサーチの調査手法の授業を取ることにしました。
面談のあと、本日第1回目のダベンポート&プルサック『ワーキング・ナレッジ』の輪読会に参加(このご本はナレッジマネジメントの実践的バイブルとされる本ですが、すでに版元品切れとのこと)。毎月1章ずつ読んでいきます。
今日話題に出たトーマス・アレンの「30メートル・ルール」(=30m離れるとコミュニケーションの頻度がほとんど無くなる)って、自分にも実体験があります。パーティションによるブース化をやめて座席の距離が近くなったら、社員間のコミュニケーションの頻度と密度があがったと。ただそれは、多くの社員とコミュニケートしなければいけないタイプの仕事をする人にとっては効率アップにつながりますが、ひとりで集中して仕事をしなければいけない人には、集中をそがれて逆効果の面もあるので場合によっては最適解でないこともあるんじゃないか、とか。
PASMO通学定期券もゲットして、いよいよ初授業でございます。亀岡秋男特任教授による「イノベーション概論」。月~土までみっしり。いや送別会あるからおいらは1日休みますけどね…。土曜にはグループ討議の時間もあるということでややびびっています。
授業内容は概論ということで産業競争力とイノベーションとは、MOTとはなんぞや、など。MOTって新しい概念を教わるというより、仕事の現場で出合ったことを整理整頓して、自社の方言ではなく、他社の人たちとも共通言語で話せるようにするものなのですね。あと、日本の産業競争力をアップさせるためのイノベーションシステムの一環としてMOTが期待されているというのがよくわかりました。一学生としていきなり日本を背負わされるのもちょっとどうよ、という気持ちになりますが。
でも確かに、米国企業では、フレームワークつくったりマニュアル化したり方法論を体系化して、属人的知識に終わらせず、チームとして知識を共有するのが上手なのに、日本企業ではそもそもそういう訓練受けてないし、それが重要であるという価値観が共有されていないなあーとも思うのでありました。
あと「アブダクション(仮説設定法)」とMOTの文脈で聞いても、ついうっかり「UFO?」「キャトルミューテーション?」と自分は口走ってしまいそうなので気をつけようとか。
亀岡先生は元東芝にいらした方で、研究所で電子楽器の研究をされたり、「ゑれきてる」の制作にも一時期携わってらしたとのこと。東芝のゑれきてるって有名だと思っていたんですが、他の方はご存知なかったようでした。そういう自分がなんで知っているかというと、展示を見たからですが。うーん。どこで見たんだったか。
亀岡先生の「イノベーション概論」の続き。今日は議論中心で(いろいろな立場からいろいろな企業の話が聞けるのが興味深し)、宿題も出たりして大変楽しかったです。企業の現場は理想の技術経営の状態とは離れているので、どうしてもネガティブな意見が多く出てしまいがちですが、亀岡先生は「できない」「無理」「あれもこれも足りない」だけで終わらせないところが大変素敵だと思いました。
しかしながら、ちょっと「むー」と感じたのは、今後、新しいイノベーションを創出するために必要な人材として先生が主張している「作曲・指揮者のように、コンセプトを創り、戦略を構築し、総合指揮する、新しいタイプの技術家であるテクノプロデューサ」にはかなりのスキルや経験が要求されるのではないのか、ということ。規模は小さくてもイノベーションを創出した経験を持ち、高度なプロジェクトマネジメントスキルを持つことが必要とされたりするのならば、対象が限られてくるのでは。そういう人材って現実問題、どれくらいの期間で育成できるんでしょう(いや、こういうのがネガティブな意見の例なんですな、と反省)。
あとイノベーションの父シュンペーターについて自分は知識が足りないのでGW中にでも伊東光晴 ・根井雅弘『シュンペーター―孤高の経済学者』(岩波新書)読んでみます。
昨晩も亀岡先生の授業でした。4-5人ずつの小班に別れ、イノベーションをつくるテクノプロデューサーに必要な能力について議論しました。
自分も今の肩書はWebプロデューサーなわけでございますが、同じプロデューサーという名前がついていても大きく違うのは、「つくるもののフォーマットがある程度決まっているかそうでないか」というところではないかと。
WebプロデューサーなりTVプロデューサーなりは、「無から完全にオリジナルな何か」を産むわけではなく、一定のフォーマットや制限や指針がすでに存在するわけで、あくまでその範囲内での企画なり、実施なりを行っています。
がしかし、亀岡先生のおっしゃっているテクノプロデューサーはもう少しフリーハンドな感じがします。コンセプト創出といったときのコンセプトは、他分野のプロデューサーが自明の理としている所与の条件そのものからつくっちゃう、という意味を含んでいるような気が。いや、これは現時点での自分の理解にすぎないので、はずしているかもしれませんが。
この議論は週末まで続くということでもう少し考え続けてみようと思いました。
JAIST MOTにはアカウンティングの授業(「企業会計論」)はありますが、ファイナンスの授業はありません(為念:平成19年度の履修案内を見て書いているので他の年度にはもしかしたらあるのかもしれませんが)。なのでそこは自習でカバーしなくては。というわけで入門書を読んでいます。まだ途中なのですが、新書で説明がものすごくわかりやすいナイスなご本発見。らっきー。この分野にうとい私でも大変おもしろく読めます。
石野雄一『ざっくり分かるファイナンス 経営センスを磨くための財務』(光文社新書)
参考:アカウンティングとファイナンスの違いを教えてください。(人力検索はてな)
http://q.hatena.ne.jp/1153355609
本日、「システム思考論」初日。だんだんわかってきたのですが、JAIST MOTって野中郁次郎先生の亡霊がさまよい歩いているのでしょうか。野中論と自分の主張の微細な差分についてばかり話をする先生多し。
今日の授業はそれが災いとなり、言葉の定義に関する議論で時間を浪費してしまっていました。そんな微細なことを入門的な授業の中でそもそも言わなければいいのに、というのと、すかさずそこに食いつく学生たちに腹が立ちました。そこばかり掘っても意味ないのに…。
辟易した先生が遠まわしに「その定義は括弧に入れて横に置いておこう」という意味のことを言ったその直後になおも話をする奴すら登場。正直、「馬鹿なんですか?」と思いました。それとも発言量を多くして点数を稼ぎたいだけなのかなあ。否定的なことを言わないというブレストルールがなかったら、私は冷たくさえぎっていたと思います。流れを変えるよう自分も発言して努力してみるべきなんでしょうか。でも、実のない発言で流れをさえぎるより講義を聞きたいんですよね。うーん。この状態がずっと続くなら中退してMBAに乗り換えようとこっそり思ったりとか。
システム思考論2日目。マイケル・ポランニーの『暗黙知の次元』(ちくま学芸文庫)の暗黙知について。野中郁次郎の言う暗黙知との違いなど。知のジャンルが違っていて、技能的なものとメンタルモデルとの違いだそうです。
昨日は内容のない議論にぷんすかしていたのですが、今日は怒りもおさまり冷静に聞いていました。でも実はそんな定義合戦ってどうよと思ったり、ポランニーの著作の説明自体、松岡正剛の紹介の方がわかりやすいと感じていたりします(どこに比重を置いて説明するのかが異なるので、授業との単純な比較はできないのですが)。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1042.html
本日は社会科学方法論に出席。社会科学方法論は、今後月1回ペースで授業があるそうなり。
この授業は、研究計画書を書くための基本的技法を学ぶもので、いきなり自分の修士論文のリサーチ・クエスチョンを考える課題が出ました。うひょお。来月までに考えます。
講義ご担当の梅本先生が大好きな私です。話題が幅広い方で雑談でも大変興味深いお話をされるから。私はこういう知を持ち、人に伝達できるような人間になりたいのです。尊敬。
オフィスアワーは、学生が教員の先生に個別相談する時間のこと。JAISTの研究室は石川にあるので、東京MOTの学生は、研究室を訪問するという形をとらず、先生が東京にいらしているときにアポをとってお時間をいただくのです。
今日は梅本先生に修論のテーマ設定について相談しました。Webマーケティングについて真面目に考えれば考えるほど行きづまるので、えいやっと決めるべきか(これって社会人の悪い癖で、ものごとを前に進めるために思考の方を止めてしまうことが往々にしてあるんですよね)とも思っていたのですが、いろいろお話して、Webマーケティングという手段ありきの発想だから行きづまるのだ、ということが理解できました。当初予定の1時間を越えてながながと相談してしまいましたが、おかげさまで代案もなんとかなりそうです。
先生の「的確な質問を細かく繰り出して道を探るワザ」や「袋小路に入りそうになる直前に切り返すテクニック」、私は車庫入れに似ていると思いました(いや運転免許を持っていないので比喩として適切かどうか、本当のところはわからないですが)。自分がまっすぐずーっと考え続けるといつも同じ穴に落ちてしまうので、今後は落ちる前に切り返すことを意識してみようかなと。
先日のオフィスアワーで修論への手がかりをいただいたので、今度は修論のターゲットを会社でプロジェクト化して1年で遂行し、なんらかの結果を出さなくてはなりません。
それというのも、今回の修論の手法として、アクションリサーチを採用するからです。アクションリサーチとは、「自分自身の問題から出発して、その問題の分析・解決計画作成・計画にもとづいた実際の行動・検証という一連の流れを行う実証的研究方法」のこと。自分自身とはあまり関係がなく、自分にとって切実でもない遠い問題を外から見てあれこれ言うだけ、というのとは対極にあります。
MOTのフィールドは企業なので、社会人学生が会社の中で抱えている問題こそが研究対象としてふさわしいものとなる、と。また、上記の定義からおわかりのように、アクションリサーチを行うには、「問題」と「解決計画」と「実際の問題解決行動」がセットとして必要なのでした。
2年で修了するMOT修論のコツとしては、「問題はどの企業にも大なり小なり必ずあるが、解決計画がたてられる問題を選ぶこと、また1年で解決できるような、小さすぎない/大きすぎない問題をピックアップするのが重要である」と梅本先生。
というわけで、本日、社内調整開始。プロジェクトがどんな結果に終わったとしても、論文は必ず来年書いてやるという意気込みだけはありまくるのでした。つづく。
来月行われる講義(技術マネジメント・リーダシップ実践論)の教科書を事前に読了し、自分の考えをまとめておくよう、講義担当の先生からお達しメールをいただきました。うわわ。いえ、教科書は購入済だったのですが、自宅に積まれて背景と一体化していました。リマインダ助かります。
その教科書とは、M.K. バダウィ (著), 角 忠夫 (翻訳) 『改訂版 エンジニアリングマネジャー―強き技術系管理者への道』(日科技連出版社)。バタウィ氏はUSで長らくコンサルや管理者教育を行ってきた方とのこと。個人的には技法とケーススタディがたくさん盛り込まれているのが気に入ったのと、「第7章 権限なき管理-プロジェクト,マトリックス,および機能横断チーム」が大変気になっています。権限にもとづいた管理ならまだしも、「責任>>>>>>>権限」な場合にこそ、技法が必要だと思うので。というわけで本書、来月にかけて読んでいきますよー。
[2007/7/1追記] 内容は素晴らしい、と思ったのですが、翻訳がだめだめで(意味が全然とれない文が何箇所もあります)、読みながら悲しい気持ちになっています。ううう。これがなければ広範囲に薦めるのになあ。もったいないです!
今週はサービス・サイエンスの授業を受けています。サービス・サイエンスは米IBMアルマデン研究所が言い出した概念ですが、この講義にも日本IBMの日高一義氏がいらしてお話されるということで楽しみにしています。
サービス・サイエンスと類似のものとして、
・営業マンはものを売るのではなく、お客さまの問題を解決するのである(いろんな営業本で見かけることば)
・製品やサービスを利用する過程(の品質)を重視し、ユーザーが真にやりたいこと(本人が意識していない場合もある)を「楽しく」「面白く」「心地よく」行える点を、機能や結果、あるいは使いやすさとは別の“提供価値”として考える(「ユーザー・エクスペリエンス」@IT 情報マネジメント用語事典より )
・近年のマーケティングでは、顧客は製品・サービスの物理的機能そのものというより、感動や快楽といった経験価値に対して対価を支払うようになってきていると考えられる(「経験価値」ケアブレイン経営用語解説より)
などを思い出しました。モノあまりの時代にはモノではなく情報や知識といった付加価値を提供していくことこそが大切であり、また、その価値については、サービス提供側が決めうちするのではなく、お客さまが判断していくものである、といったことをよってたかっていろんなジャンルの人が言っている、という感じでしょうか。
サービス・サイエンスの授業が続いています。今日はグループ演習でサービス・イノベーションを考えるのにKJ法を使いました。
ここで老婆心からの注釈ぢゃ。若者にはわからないかもしれないのぢゃが、年をとってくるとだな、朝と夜とで頭の回転や記憶取り出しの成功率がまったく違ったりするのぢゃよ。なので年長者が夕方とか夜になってトンチキなことを言ったりやったりしても優しい目で見守ってほしいと主張したいのですぞ。よく「こんなこともわかんないの?」みたいな態度をとる若者がいるけんどな(相手にそんな態度が伝わっていないと思うところが若者だけあって浅はかぢゃよ)、わかっていないからトンチキするんじゃないのぢゃ。わかっていても脳のスピンドルの回転がついてかないのぢゃ。特においらみたいな「車輪の小さな自転車を必死こいてキコキコ漕いで考えるようなタイプ」は、スピンドルの経年劣化が本当につらいんぢゃ。ゆっくりどっしり構えてどん!と重みのある答えを一発で出す知性、そういうのに痺れる憧れるゥ!
で、何を言いたいのかというと、夜、仕事終わったあとにKJ法するのってものすごく疲れるということです。特にグループ化して表札をつけるところ。あーづがれだ。でもおもしろかったし、発見は確かにありました。グループ演習は土曜に続くので大変楽しみです。
サービス・サイエンス論はグループ討論が大変楽しかったのでした。これから本格的にはじまろうとしている学問で、扱うトピックも多岐にわたるので、今はじめるとすごくおもしろいかも。
ちょっと話がずれますが、先日のエントリで書いたジェイミー・オリバーのレストラン、開店当日まで内装工事ができていなかったり、注文とは違うスペックで内装がされていたりなど、DVDを見ていて「ずいぶんひどいことがあるなあ」と思っていたのです。が、先週のSPA!で鴻上尚史がやはりイギリスの舞台装置のクォリティの低さ(例:注文したものが注文した数届かない、注文通りの長さではない)やみんな「こういうことはよくあるよと平気な顔をしている」ということを書いていて、もしそれが本当だとすると、国によって当たり前とされるサービスの水準が違いすぎるので、サービスを論ずるのって注意深くあらねばならないのでは、と思いましたです。
また、6月は、
・修論のリサーチクエスチョン(第一版)を考える
・配属研究室の希望を出す
という大切な月だったりします。あと半月しかないですが、考えないと。論文テーマを考え出すと、自分は何を大切なポイントだと思って働いているのか、という根本のところが問われるので、楽しくもあり、難しくもあり、です。
JAISTの講義は「研究とは何ぞや」について学生に理解させることをすごく意識しているように思います。基本からしっかりしごくといいますか。先生方も教育者であると感じることが多いです。この講義もその一環。
講義タイトルからは定量/定性調査手法についての実践的な内容の講義をやるように見えるのですが(実際にそういうところも扱いますが)、隠れテーマとして「いかに学術論文を読み、書くか」が入っていました。時折ぶっちゃけネタでなごませ、親近感を抱かせつつ、研究とは何か、論文を書くとはどういうことかを語る授業です。社会人にはこういう意識改革のための授業って必要だなあと思いました。
講義の中に出てきた言葉で印象に残ったのが、「学は術ではない」。
いや、その通りでございます。時間がないからと言って、HOW-TO、すなわち「術」ばかりあれやこれやと追いかけても、そんなものはあっという間に陳腐化しちゃいます。そして術をとっかえひっかえ追い続けた自分は単に思考の足りない、浅いままの人間なんですよ(正直、Web業界はそういう人間の集まりで、とほほです)。私は今の年齢近くになるまでそのことに気づかず、ずーっと不全感を持ち続けていましたけど。やっと自分が必要としていたものについてわかってきた感じです。かといって研究する人にちゃんとなれているかというと、まだまだなんですけどね。
『実践的社会調査法』授業を聞いていてフィールドワーク手法について自力で詰めておいた方が良いと思い、三冊購入。これから読みますです。
・ジョン・ヴァン=マーネン著、森川渉訳『 フィールドワークの物語―エスノグラフィーの文章作法』(現代書館)
・佐藤郁哉『 フィールドワークの技法―問いを育てる、仮説をきたえる』(新曜社)
・佐藤郁哉『 フィールドワーク―書を持って街へ出よう』(新曜社)
「イノベーション概論」「サービスサイエンス論」で授業をしてくださった亀岡秋男特任教授の訃報を本日聞きました(;_;)。大変ショックで茫然自失しています(いや、本当は、自失する間もなく仕事で不具合修正作業中なんですけれど)。うわわわわん!もっと先生のお話を伺いたかったです…。
関連記事:
http://www.chimimo.com/2007/04/post_39.html
http://www.chimimo.com/2007/04/post_40.html
http://www.chimimo.com/2007/04/post_41.html
http://www.chimimo.com/2007/06/post_51.html
http://www.chimimo.com/2007/06/kj.html
http://www.chimimo.com/2007/06/rq.html
修士論文の仮タイトルを考える宿題が出ているので(なんて懇切丁寧なんでしょう…)考えていた週末。ロクシタンのミントヴァーベナクーリングバス(3回分で3,150円。なんでこんなにぼったくり価格なんでしょう…)を買っていても『モーガン・スパーロックの30デイズ』を見ていても頭の中ではタイトルを考える。
自分はコミュニケーションギャップおよびそれを解消する仕組みについて考えていきたいのですが、もしかしてギャップを解消するだけではだめなんじゃないか、そもそも労働エートスの転換期問題なんじゃないのか、とか思い始めてぐるぐるぐるぐるです。いえ、会社で無邪気に怖いこと(「好きなことなら寝食を忘れて働けるはずだ」とか)を言う人が多いので。そういう考え方、簡単に鬱病製造装置になるからあぶないと思うのですけどね。
今週も授業。知識社会学・知識人類学(エスノグラフィー)のお話。つまりは質的研究について。私は定量調査より定性調査の方が好きで性に合っていると思います(以前、某ベンチャでユーザビリティテストを企画・商品化・営業していました)。この授業は滋養のある大変良い授業だと思います。明日以降も楽しみですー。
Googleスカラーじゃないですが、「巨人の肩の上に立つ」ということが学問であるというところをJAISTではいろんな先生から繰り返し伝えられるのが感動的でございます。いや、若くて何にも経験したことがない時代に研究をしていたら、このことがなぜこんなに楽しくて、かつ自分の救いになるかなんて気づかなかっただろうなあ。
ひとりできりきりがんばって成果が出たら「褒めろ称えろ俺の業績だ」「俺の素晴らしいスキルマンセー」とか俺イズム全開でぐわっはっは愉快愉快と思ったりするのって30代までがせいぜいなんです。正直、年齢を重ねるとどんだけトンチキであってもそれなりに経験積んでいるので(頭の回転速度は鈍くなっているかもしれないけれど)、基本的に新米の若造よりできないはずはない。そんな勝つのが当然のデキレースで同じ土俵に立って「すごいぜ俺イケてるぜ」とかいきがっていても馬鹿みたいです。つまんないです。なんかもっと大きなものに貢献して次世代につなげたいです。ほんのちょっとの力でも。たとえ自分が巨人の肩の上の爪楊枝だとしても。雇用してもらっている会社にお給料分プラスアルファの貢献をするのは当然としてね。
いやこういう「ゆずりはマインド」こそ、老化現象のひとつなのかもしれないんですけどね。遺伝子にきっと書いてあるんだよ。「中年期になったらば、白髪増やすついでにゆずりはマインドスイッチON」。
正直に書きます。MOT改革実践論を担当してらっしゃる近藤先生のつくりものを私は全身で拒否しています。フォントも色も形も形の組み合わせもラベリングも概念分類も七五調の成功の宣言文もぱわぽのレイアウトも!むきーっ。
なんというか自分の美に対する価値観を全否定されている気がするのです。これを読んでいる方に信じてもらえるかどうかわからないのですが、自分は、Webディレクターとしてデザイナーが出してきたものにYESと言ったりNOと言ったりして十年以上いろんな会社でご飯が食べられているので、審美眼については一定レベル以上あると信じています。つまり、個人的な好き嫌いだけで何か言うんじゃなくて、美のクォリティを判断する目があるということを言いたいのですが、まあそれは眉唾だと思われても仕方ないです。何はともあれ、「むちゃくちゃ許せないんだなあ」と感じていただけると幸いです。いや、失礼なことを書いて申し訳ないのですが。
で、黒板をチョークでキーッと鳴らされた音を聞いているような苦痛をずっと感じながら授業を受けていたのですが、それでも近藤先生の言葉がときどき自分の問題意識にすこーんとはまる瞬間があるのでした。これは不思議。はまると心地よし。なんというかサウナのあとの冷水シャワーのような。ツボに的確に刺された鍼のような。
そういえば、うちの社長も元コンサルで言葉に力がある人なのですが、よく考えたら近藤先生と同じ会社の出身だったのを思い出しました。その会社、その手の教育を社員に授けているのでしょうか?あれだ、『百億の昼と千億の夜』でユダがイエスの言葉に受けたような感じはきっとこんなのだと思いましたよ。
そろそろ取得単位が気になる秋でございますよ。
連休は久しぶりに授業に出ています。神戸大の田浦先生による新概念創生論。技術経営において、新概念をいかに生み出すかについての方法論。アナリシスではなくシンセシス。初日はアブダクションをやりました。パスタでタワーつくる演習などもありおもしろし。
9月23~24日、函館で開催された第3回デザイン知識論研究会に参加してきました。メンバーがすごい先生方なので、果たしておいらなぞお邪魔してよいものか、と思ったのですが、快く参加をお許しいただき感謝しています。ディスカッションが中心で興味深いお話を伺えましたです。
写真は会場の大沼国際セミナーハウス。大沼は、函館市街からちょっと離れていて、連休中にも関わらず人が少なかったでした。
http://www.jaist.ac.jp/ks/labs/t-taura/design_know.html
諸事情により研究へのモチベーションが下がっているのですが(そのうちいろいろ決まったら詳細について書きます)、それはさておき、授業には出ますよー。
昨日と今日の2日はベンチャー・ビジネス実践論。本校で一番人気の授業とのことですが、この授業は本当におもしろかったです!おもしろさと実用性で言うと、今までMOTで受けた授業の中ではピカイチ(自分にとって学問的な滋養が一番あったのは知識社会論ですが)。ベンチャーの経営に限らず、今後ビジネスをしていく上での方法論についてのヒントを数多く伺えたので、半期授業料分の元はとれた感じがします(セコい…?)。
具体的には、ベンチャー・ビジネスの概論と経営についてを阪大の赤坂洋一教授から、起業サポートの観点からベンチャー創出に関するお話を元マッキンゼー・現ブレークスルーパートナーズの赤羽雄二先生から、ファブレス半導体ベンチャーの立ち上げ体験談をマグナデザインネット&琉球大教授のファイヤー和田知久先生から伺いました。実体験の裏づけの上で、インテリジェントな方々が小気味良くお話されるのでとても興味深かったのでした。赤羽先生からお教えいただいたメモのとり方は、自分の思考歴の保存方法としてすごくいいと思ったので、実践してみようと考えています(私はマインドマップがだめなので)。