転職します

「まーた転職するのかよ」と思われる方も多いかと思いますが、ええ転職します。行けるところまで行きますよ!

前回の転職については、「畑違いの仕事をしていた」「企業ではなく学術団体系の仕事からの転職」「退職日が先に決まっていた」という悪条件下で行ったため、割と大変だったのですが(顛末はこのあたりにあります→アラフィフがいまどきの転職活動をやってみた(1))、今回は年齢が上がっている・さらに転職歴が増えたのに意外と転職活動が楽でした。

■なぜ転職するのか?
知名度こそ低いもののいまどき珍しく倍々ゲームで成長している会社に在籍しておりました。勢いのあるベンチャー企業って楽しいですよね。成長は七難を隠しますよ。おかげさまで評価もいただいていたのですが、どうしても倫理的に許せない業務が途中で発生。そこに目をつぶるかどうか、半年以上悩んだ末、退職を決めました。人によっては「そんなささいなことで?」と言われるかもしれないのですが、「やってはだめなことはだめ」だと自分は考えます。まあ自分の場合、転職に失敗しても最悪自分ひとりが餓死するだけなので、こんなことが言えるのかもしれませんが。でも働いていく上で売っちゃいけないものはありますよね。魂とか。人間だもの。

あとISO管理責任者業務をこんなにおっちょこちょいな自分に振るのは絶対に間違っているよ、とも思っていたのですが、そちらは当時、他に適任の方がいなかったということで仕方がなかったです。

上記の仕事群を別々の方に引き継いだら、非常にぶーぶー言われました。が、あなた方がぶーぶ―言う仕事、ひとりでやっていたんですよ…!わかれよこのつらさ…!

■転職活動について
今回は退職日ありきではなかったので、長期戦を覚悟して普通のネット応募をしてみたのですが、意外にもさくっと転職先が決まりました(実質活動は1ヶ月程度。今回もマーケティング系の管理職としての転職です)。前回とは異なり、IT業界内での転職であったことや入社後1年以内に昇進という実績が良かったのでしょうか。あと、以前と比較して、転職回数について面接でねっちょり言われるケースが減ったような印象を受けます(注:転職回数が気になるのなら、そもそも書類で落とせよという話でありますが、以前は面接に呼んでおいて説教してくる会社が後を絶ちませんでした)。たまたまだったのかもしれませんが、転職市場での風向きが変わっているのならいいなあと思います。

■新しい会社での抱負
本来業務であるマーケに専念できます。これが一番うれしいなあ。いろんなことをやりたいのはやりたいのですが、マーケでやりたいのよ。ISOじゃないのよ。そして錆びつき気味の語学(英語・中国語)もぜひブラッシュアップしたいです。

■変わった社長さんシリーズ
前回ほど面接には行かなかったのですが、それでも!今回も変わった社長さんにお会いしました。

・一発芸の社長さん
デザイン勝負のプロダクト(これがまたかっこいいんだ!)のマーケティング責任者の募集。転職サービス経由でスカウトが来たのでオフィスにお邪魔しました。オフィスが男前インテリアで超素敵。がしかし、お話を聞いてみると、あまりに一発芸というか出オチすぎて、継続的に売れそうにない中途半端なプロダクトな上に、セールス方針が荒唐無稽(というか目標設定が意味不明)で驚きました。御社内では誰もそれに反対しないんですか…。「たくさん応募者がいるから課題出してその出来で合格者決めるよ。とっとと提出してきなよ、YOU?」的なことも言われたため、速攻でごめんなさいしました。

・「この場で弊社のKPIを策定してくれ」な社長さん
 まず強烈に面接日程を早くしてくれと急かされる。急募なのかな、と面接に行くと、こちらの経歴などの話は3分で終わり、あとの面接時間はずーっとKPIをどう策定したら良いか教えてくれと言われてました。そしてマルケトの愚痴。いやCSFやKSFは開示してくれないわけでしょう(聞いたとしてもすぐ腹落ちできるわけじゃないけど)。それでいきなりKPIを考えてくれってどうよ。もしかしたら適当に耳あたりの良いことを言えばよかったのかもしれませんが、無責任なこと言うのもなあと思って逡巡していたら、愚痴をさんざん言って気が済んだのかそのまま不採用となりました。一体なんだったんだろう…通り魔?

アラフィフがいまどきの転職活動をやってみた(5)(完結)

(4)の続きです。

今回の転職活動は、ベンチャー企業あるいは新規事業への参入を検討している企業を主な対象として行ったのですが(いろんなことをやるのが好きなので)、そういう企業の面接ではすぐ社長さんが出て来られます。今回はおもしろい社長さんがたくさんいらっしゃいました。その例を幾つか書きます。

■理系をなぜか毛嫌いする社長さん
面接シートを事前に提出させる企業で、学歴を高校から書く必要があったので、正直に「理数科」と書いたんですよ(大学は文学部です)。そうしたら面接で顔を見てすぐ「良かったー理系おばさんじゃなくて」「理系理系した人だとどうしようかと思った」「理系だとコミュニケーション取れないしね」「全然理系っぽくなくて良い!」としきりに言われました…。なんでそんなに理系をdisるんでしょう(以前採用した人に何かあったとか?)。つーか最終学歴は面接シートにも書いた通り、文学部なんですよ?はい、ここは内定いただきましたが丁重にお断りしました。

■身長で一方的にがっかりする社長さん
あんまりびっくりしたのでtwitterにも書きましたが、再掲。面接時に「もっと小柄な人かと思ってました…小柄で元気な人がインドでがんばって働いていたんだと…」とものすごくがっかりした感じで言われました。事前に履歴書貼付の顔写真しか出していないのに、なんで身長がわかると思ったんでしょう。そしてこの会社、面接後音信不通になりました。身長で採用しているんでしょうか…。

■日本の法律無視の社長さん
シンガポールの会社。日本でマーケティング展開したいということで新規でマネージャーを募集していて、いろいろ話を伺っていたのですが、内定いただいた後、社会保険をぶっちぎる気まんまんだったことが判明(外資企業の日本支店/支社の社会保険加入義務を知らないのではなく、知っていて脱法手段を講じてきた)。卑怯な会社は嫌いなのでお断り。

■へそ出し社長さん
勢いがあって素敵なWebサービスを提供している会社なので、書類が通って社長にお会いできると聞いたときは超うれしかったのです。面接時に私服を指定され、しかも青山・表参道方面にオフィスがあるので「きっとサービス同様、会社もおしゃれに違いない…!」「ダサい私服で駄目出しされたらどうしよう」とどきどきしながら面接に向かったのですが、出てきた社長の姿を見ると、シャツのお腹部分のボタンだけがなぜか取れており。ぽっこりおなかとおへそを見せつけられながらの面接となりました。いやそちらを見ないように見ないようにがんばりすぎてその場で何しゃべったかまったく覚えてませんよ!

■会席コースおごってくれる社長さん
「バブルかよ!」と思って逆にドン引きしました…ちゃっかり食べたのに…すみません!

いやベンチャー企業特有のことかもしれませんが、個性的でおもしろかったです(普通に転職サイトなどで採用情報を出している会社がほとんどなんですが、お会いしてみないと社長がどういう方かわからないですね)。「内定を複数取ってから選ぶ」という方法のおかげで泣く泣く微妙な会社に行く羽目にならず、良かったです。

アラフィフがいまどきの転職活動をやってみた(4)

(3)の続きです。
長いよ…長すぎるので駆け足でいきます!

■方法
そうです。セミナーでのお話を聞いて自分は佐々木さんのことを信頼してしまったのです。後述する電話相談のときも毎回思っていましたが、まじめな方なんですよ。

佐々木さんの提唱する方法自体は難しいものではなかったのですが(最初の準備時に頭を捻りますが、始まってしまえば機械的に進められます)、最大のネックは最後まで自分のモチベーションが保てるかどうかというところでした。

詳細については佐々木さんの著書やサイトを見てほしいのですが、この方法のキモは、転職フローの中の応募部分を「劇的に」増やすというところです(他にも「どうやってそんなに多くの応募先を見つけてくるか」などのポイントがありますが)。

「なあんだそれだけか」と思いました?でも、ひとりだと息切れして、継続的にはできないんですよね、これが。

だって誰でも不採用通知を貰えば凹むから。基本的に「その凹むものを大量に受け取りながらも淡々と2ヶ月間応募を継続する」という方法であるため、何か言い訳を探して途中で断念してしまわないかが一番心配でした。ええ、自分が短気なのはよーくわかっているのでとても心配だったのです。だから、奮発して1対1直接指導を受けてみることにしました。安くなかったけれども思い切ったよ!(途中でやめて無駄にしちゃうのは惜しい額だけれども、払えなくもない額でした…絶妙な価格設定…)

1対1の何が良いかというと、毎週決まった時間に電話相談という名の活動報告をする必要があるところです。つまり、途中で凹んでさぼったりするとばっればれなのです。なので、どれほど落ち込んでいようが、面接に大失敗しようが、気持ちの切り替えがまったくできていなかろうが、毎週コンスタントに書類を出し続けることができました。電話で「今週は応募ができませんでした」と言うのがどうしても嫌だったから!見栄っ張りブラボー!!

受講者の声を読むと、自分の応募数は多い方ではなかったようですが、それでも合計90社ほどに応募しました。…でもよく考えたら今って新卒の方だとこのくらいは応募しているんですよね。ちなみにタイトルに「いまどき」とつけたのはこの大量応募のことを指しています。もちろん、手当たり次第ばらばらな職種に応募したわけではなく、希望職種に限っての応募ですよ。

大量応募という方法に眉をひそめる方もいると思うのですが、採用側にそもそも年齢フィルターがかかっている状態の中、短い期間内に転職を決めるには、応募の量を確保することはやはり必要だと思いました(途中でG.Wにさしかかったこともあり「もう応募できる募集がないよー」と泣きたくなりましたが)。あと、フィルター突破のためには量だけではなく質も重要で、読み捨てられないよう、応募書類もかなり工夫しました。

■結果→転職成功
もうここで転職活動の結果を書いてしまうと、5社内定が出てそのうちの1社に希望通りの6月頭から入社することができました(9割近くの会社からは不採用、あるいはいまだに音沙汰なかったりするんですけどね…)。計 画 通 り(ニヤリ)。最後の方は毎日面接して毎日内定が出る状態になって本当に驚きました。面接も回を重ねるごとにうまくなっていった感じ。そのたった1週間前には「無い内定!くれ内定!エリ・エリ・レマ・サバクタニ!」と家で叫んでいたのですけどね(嘘…ではないけどちょっと誇張)。

という感じでこの回は佐々木さんのステマ(というより明らかな推し)になってしまいましたが、中高年、あるいは中高年でなくても転職活動がうまくいかなかったり、ブランクがあるなど条件が難しすぎて悩んでいる方はいっぺん佐々木さんのセミナーに行って相談してみるのが良いと思います。全力でおすすめしますよ!

(5)へ続く。

アラフィフがいまどきの転職活動をやってみた(3)

(2)の続きです。

■条件
前回書いた理由により、
(1)締切ありの転職活動
(2)自力で転職先を見つけてくる必要あり

という条件下での転職活動を始めることになったのでした。

もし、締切がないのであれば、在職を続けながら「転職サイトで募集を発見or人材紹介会社が仕事紹介→応募→(殺到する応募の中から)運が良ければ一次面接→(もっと運が良ければ)二次面接→(針の穴を通るくらいの難しさで)合格」という、これまでやってきたような転職活動でもいつかは転職先が見つかったかもしれません。でも今回は、そんな運任せかつ悠長なことをやっているわけにはいきませんでした。

なにしろ、自分は「アラフィフ」であり、「転職回数多すぎ(正社員で8社経験あります)」という弱みがあります。優秀な二・三十代が転職市場にごろごろしている昨今、書類がそうそう通るとは思えません。「せめて三十代だったらなあ」とか思ってもここにはドラえもんはいないんだよのび太くん!

…そんなときどうするか。

もちろんこんな状態にならない方がいいに決まっています(他人の転職回数について説教してくる人にそういった感じのことよく言われますが)。しかし、なってしまったらしょうがない。自力で打開していかなければなりません。自分の人生だから。説教で打開できるっつーのかてやんでい。

話がちょっとずれちゃいました。ええっと。そう、どうするかというと、自分の場合、まず本を読みます。

読んだのは、青山ブックセンター六本木店のビジネス棚に並んでいたという理由だけで→佐々木 一美『成功する40代・50代の転職術 60日以内に採用が決まる実践プログラム』(日本実業出版社)。

ただこの本、一読した限りでは「うーん。言ってることはわかるけど、これ本当に自分で継続できるのかなあ…」「自己PR文ってなんかひとりよがりになりがちだよねー」「押し強すぎないー?」という感想しか抱けませんでした。

それだけだったら単に「1冊本を読んだ、以上」で終わりだったかもしれませんが、帰宅後についつい著者の方の名前を検索してみたんですよね。そうしたらご本人のサイトが出てきて、次の週末に単発のセミナーやるというではありませんか。

それだとやっぱり行くよねー(え、行きません?いや自分も高額のセミナーだったらうさんくさくて行かないけど、参加費3千円だし、品川きゅりあんという質素な会場だし、まあ内容なくてもいいかーと思って行きましたよ!)。で行ってみたらおもしろかったんですよ。あと佐々木さんむっちゃちゃんとしてる!びっくり!(って失礼な…)
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(4)へ続く。

アラフィフがいまどきの転職活動をやってみた(2)

(1)の続きです。

■前回の転職(前提)(承前)

ここで理事長と事務局長の関係について少し整理しておくと。

この学会は一般社団法人で、理事長が組織のトップということになります。某大学教授がここ数年理事長を担当。事務局長は、この理事長と長年のお知り合いだということでした。学会が事務局立て直し業務を事務局長に依頼したのもその流れから。つまり、事務局長もコネ転職だったということですね。そしておいらは孫コネだ!

自分は事務局員ですから、理事長とのやりとりは基本的に事務局長を介して、ということになり、直接的なやりとりはそれほど多くはなかったのですが、入職して半年くらいは「ワンマン気味だけど、バランス感覚もあるし、物事を進めたり決めたりできる、力のある理事長だなー」とか思っていました。

もちろん、学会内の重要な決めごとについては、理事長の独断ではなく、他の理事達も参加する理事会で決める、という原則があるわけですが、その理事会で、議事進行のリーダーシップを取り、納得感のある決議に落としこんでいくことができる力(どちらかというと能力というよりコミットメントとかやる気の方)を持っているのが実質「理事長だけ」の状態になっていました。

まあ他の理事にとってみれば、日常業務で忙しいし、他の学会にも所属しているし、この学会のことだけに構っているわけにはいかない、だから「しっかりしてやる気のある、ぐいぐい引っ張ってくれるリーダーにまかせておけば安心」みたいな感じだったんではないかと思います。

ところが、あるときから「しっかりしてやる気のある、ぐいぐい引っ張ってくれるリーダー」だったはずの理事長が壊れました(事実は違うのかもしれませんが、私にはいきなり壊れたとしか見えませんでした。時系列がむちゃくちゃだったり、論理が破綻したメールが事務局にも来て怖かったです。(1)で書いた「疲れているように見える」から後のことなので、ご病気なのではないかと懸念)。そこから詳細は省きますが、理事長と事務局長とが激しく対立することになってしまいました。

事務局長は、ひとりでは立場が弱いため、顧問弁護士や監事を味方につけ、理事長との全面戦争に突入。主戦場が理事会なので、臨時理事会を何度も開いていったん決まった議決をひっくり返したり、また、その理事会の場も怒号や個人攻撃の飛び交う泥仕合になったり(背景情報が提供されていない理事は一体何が起こっているのかとぽかんとしてらっしゃいました…)、目も当てられない状況になりました。

その結果、事務局では理事会準備・戦いの準備に時間が吸い取られ、日々の業務をこなすのに精一杯となり、前向きな改善のための作業がほとんどできない状態になってしまいました。

私は味方の背中を撃つのは最低だと思っているので、在職中一切事務局長の批判はせず、サポートだけしていたのですが、全面戦争に突入するにはこっち側の戦力や狡猾さや冷厳さが足りなさすぎて(相手が壊れていたとしても)絶対負けるなあ、と内心では思っていました。ごめん。あと事務局長のことは今でも大好きですが、なぜ敵だらけの状況になるのかがなんとなくわかったような気がします(後で聞いたら以前の会社でも似たようなことがあったそうです…嵐を呼びすぎですよ…)。

そこで転職活動を始めることを決意しました。そもそも事務局を立て直すために働いていて、「長くて2年くらいで立て直し完了→業者さんに業務委託」という流れになるはずだったのですが、この状況では立て直しを進めるのは無理だからです。そして退職タイミングを5月末と宣言してしまったので(それ以上長くなるとこの職場ではもう耐えられないと思いました)、締切ありの転職活動(ケツカッチン)となりました。あともうコネはコリゴリだ!コリゴリ博士!なので自力で転職先を見つけてくる必要がありました。

(3)へ続く。

アラフィフがいまどきの転職活動をやってみた(1)

ご無沙汰していました。いろいろあってなかなか更新できなかったのですが、片付いたので書いてみます。

タイトルの「アラフィフ」ですが、そうなんです、気づいたらすでにアラフォーではなくアラフィフになってたんですよ…(こわいよーこんなのでこんな年になっていていいのかよ…)。で、転職してしまいました(またかよ!)。その顛末について記録します。今回は1回め。

■前回の転職(前提)
「35歳以上の転職はコネを使え」と言われたりするんですが、これまで自分は転職回数が多いものの、コネは一切使ったことがありませんでした(というよりコネがねえ。コネ来ねー!あ、兄弟会社に移ったこともありますが、普通に一から履歴書送って普通に面接を受けましたよ)。

なので、前々職で会社を買収され、「マーケティング部なんていらねえよ」という話にいきなりなって(以前書いた「日本語教育能力検定試験」受けてた頃の話です)、途方に暮れたとき、元取締役で会社を辞めていた人から「一緒に学会事務局立て直し事業やってみない?」「私が事務局長やるので事務局の立て直しと運営を事務局員としてやってほしい」「ゼロから始めるのにすごく向いてるよね」と誘われてものすごくうれしくなったのです。これは憧れのコネ転職ではありませぬか!いやこのときにはコネの落とし穴に気づいておりませんでしたよ…。

関係ないですが、この元取締役はMBA持っている美女で性格もさっぱりしたとてもいい人。業務をばっさばさ改革していく馬力もある方で、一緒に仕事していた私は大好きだったのですが、なんだか周囲が異様に敵ばかりになっていたのがちょっと気になっていました。ただ、「業績良くないのに、旧態依然を善しとして改革をいやがる人たちばかりだから、改革しようとする人は嫌われるんだなあ」とのほほんと思っていました(結局会社が買収される羽目になってましたし)。社外には友人知人が非常に多い方だったので、気にしないようにしていました。

そして、実際に学会事務局で働き始めてみると、確かにゼロ(オフィスがらんどうの状態)からやるのは向いてました。大変だったけどおもしろかったのです。事務局には2人しかいない(上記の元取締役と自分)ということで、事務局業務のほとんどなんでもやりました。

自分は事務を専門にやったことがなかったので(Webディレクション・マーケティングが本来の仕事ですよ)、紙ベースの事務の世界に慣れるのに3ヶ月くらいは大変だったのですが、夢中でやるとなんとかなりました。学術総会の運営もやってみて(へっぽこだったのですが)なんとかうまく行きました。英文誌創刊しようとか書籍を出そうとか、新しい企画も出てきてすごく楽しかったのですが、あるときのミーティングで胸騒ぎを感じました。「理事長がものすごく疲れているように見える、十年来知っているけれどあんな感じの理事長を見たことがない」事務局長がそう言ったのです。今思えばそこがターニングポイントでした。

(2)へ続く。