The White Tiger

2008年のBooker賞受賞作。著者はインド人のAravind Adiga(ムンバイ在住)で、この本、ムンバイでは露店からチェーン大手書店までいたるところで売られています。あまりに見かけるので却って敬遠していたのですが、読んでみたらすごくおもしろかったのでした。おすすめです。

日本語にも翻訳されるのでは、と思ったらすでにされていました。『グローバリズム出づる処の殺人者より』。すごいタイトルだ。でも全体が「バンガロールの起業家より中国の温家宝首相に当てた長い長い手紙」という設定なので、「日出づる処の天子」をもじっているのも理解できます。

主人公はバンガロール(BPOの本場。外資系企業のオフィスがたくさんあります)の成功した起業家であり、同時に指名手配を受けている殺人者でもあるのですが、もともとはブッタガヤの近くの貧しい農村の貧しい家庭で育った人間でした(注:仏教の聖地ブッダガヤがあるビハール州はインドでもっとも貧しい地方で、識字率も最低とのこと)。家族の食い扶持を稼ぐため、学校を途中でやめさせられた彼がどうやって成り上がっていったのか、そしてなぜ人を殺したのか、指名手配を受けているのになぜ起業家として成功しているのか、といったところが徐々に明らかになっていきます。

主人公の目の前には、いまだに根強く残るカースト差別、都会に出稼ぎに出る人間に全力でたかる農村の家族、腐った選挙と警察、石炭利権、米国留学してリベラルな思想を身に着けたものの、インド帰国後は旧来の体制に順応せざるをえず苦悩する人間、自分よりさらに弱いものを叩く弱者たちなど、インド社会の問題点がてんこもりになって現れるのですが、語り口が飄々としていてところどころユーモラスなのと、主人公が腐りきっておらず、一本モラールの芯が通っているせいか、どよーんと重かったり嫌な印象を残しません。

文藝春秋のサイトで日本語版の立ち読みができます

Allaboutでも『スラムドッグ$ミリオネア』の原作本と一緒に紹介されていました。

One night @ the Call Center

先週読んだ『Five Point Someone: What Not to Do at IIT』がおもしろかったので、Chetan Bhagatの小説をもう1作読んでみました。今度はコールセンターで働く青年たちのお話。

インドはITとBPO(Business Process Outsourcing)で国が成り立っていているといっても過言ではありません。BPOの代表例がコールセンター。英語圏であり、かつ人件費が安いからですね。

この小説では、米国企業の仕事を請け負っているコールセンターのハードクレーム対策チーム(深夜シフト)のある夜の出来事を描いています。

主人公のShyamは上司(常にMBA用語を振り回すが、コピー機のソート機能の使い方もわからないidiot<-Dilbertの上司にちょっと似ています)からチームリーダーへの昇進を餌に理不尽な扱いを受けているのですが、「それもこれもみんな昇進のため」「上司って大なり小なりこんなもの」とこらえ続けています。Shyamの元彼女Priyankaはそういう彼の煮え切らないところや、実の母からの「早く金持ちと結婚しろ」プレッシャーに耐えかね、お見合いで米国在住マイクロソフト勤務のインド人エンジニアと結婚してしまおうとします。主人公の親友のVroomは元新聞記者で、ジャーナリストへの夢を捨てきれないまま、学生時代からの友人の生活レベルに合わせるため(=バーやピザやコークやバイクのため)いやいやコールセンター勤めをしています。Eshaはモデル志望のセクシーな美女で、昼間にモデルのオーディションを受けるためにコールセンターで深夜勤務をしているのですが、身長が足りないという理由でモデルデビューがなかなか果たせません。既婚者のRadhikaは結婚前はTシャツ・ジーンズのアクティブな現代っ子だったのですが、結婚後は頭の古い姑にいびられ、それでも夫のため・愛のためと耐え忍んでいます。その結果、頭痛が絶えず、常に薬を飲んでいる状態です。Military Uncleは退役軍人で一人暮らしの老人ですが、以前、息子家族と同居していたときに、嫁をいびり倒して息子から縁を切られ、孫との接触も一切禁じられています。

つまり、思いのままに行かない現実を変えたいと思いつつもなかなかそれができず、もがいたり、苦しんだりしている人たちというわけです。そういう状態を一変する出来事が一夜のうちにいろいろ起こるのですが(例:リストラ危機。でも上司はクビなどという直接的な物言いは一切せず、MBA用語で「リソースの最適配分」とか言います)、その結果このチームがとった行動とは…というわけで、本当にやりたいことは死ぬまでにやらなければ悔いが残りますぜ、というお話でした。はい。読んでいて自分もやるぜーと思いました。

主人公がうじうじするタイプでありながら、暴走しがちな親友にひっぱられて無謀なことをやってしまう、という構図は『Five Point Someone: What Not to Do at IIT』と同じですね。

ちなみに英語版Microsoft Wordで「=rand(200,99)」と入力したら出てくる文言って、本作中ではバグとありましたが、それってバグじゃなくて仕様なような。

昨年Helloというタイトルでボリウッドで映画化されましたが、評判を聞く限り、映画版はいまひとつだったようです(ファンタジックな部分の匙加減が難しそう)。

Five Point Someone: What Not to Do at IIT

インドの超難関大学IIT(インド工科大学)。MITよりも入学するのが難しいと言われ(入学試験IIT-JEEでは受験者の約1%しか合格しないそうです。倍率60倍)、入学すると将来が約束されるとあって、インド中にIITをターゲットにした予備校・塾がたくさんあります。 

そのIITに見事入学したはいいものの、超詰め込みの授業やGPAと呼ばれる成績によってすべてが判断されるといったようなシステムについていけず、落ちこぼれ気味の3人組が友情を育んだり、甘酸っぱい恋をしたり、いろいろ騒動を巻き起こしたりする青春小説(What Not to Do at IITというだけあり、「あーあー馬鹿だねえ」と思うようなことをたくさんやります)。 

著者のChetan Bhagatが実際にIITの卒業生ということで描写がリアル。軽いタッチなのであっという間に読めます。屋根の上で星見上げながらウォッカ飲みつつ将来の話するのって大学生っぽくっていいなあ。インドでは4年もベストセラーリストに入り続けた人気作で、ボリウッドで映画化され、今年公開されるそうです(タイトルは「3 Idiots」…三バカトリオですか)。 

著者のオフィシャルサイト:http://www.chetanbhagat.com/

Cold Steel: The Multi-billion-dollar Battle for a Global Industry

ごぶさたしています。インドでもご本は読んでいるのですが、英語ということで、日本語の本のようには早く読めません。なのでゆっくりゆっくり読んでいますよ。そんな中で、おもしろすぎてページをめくる手が止まらなくなった本(ノン・フィクション)をご紹介。 

Tim Bouquet/ Byron Ousey著の『 Cold Steel: The Multi-billion-dollar Battle for a Global Industry』(2008)。 

世界最大の鉄鋼メーカーであるミッタル・スチールによるアルセロール(世界第二位)の敵対的買収の話。著者はジャーナリストと実際にこの買収騒動の中でルクセンブルク政府のコンサルをしていた企業の方の二人組です。 

ミッタル・スチールはオランダに本社を置き、経営は英国から行っている企業ですが、設立者/CEOはラクシュミー・ミッタルというインド人(彼の子供たちも経営にかかわっているファミリー企業)。一方、アルセロールは、ルクセンブルク(=鉄鋼が長らく経済を支えてきたために鉄鋼業に関係する人がそこらじゅうにうじゃうじゃいる国)に本社を持ち、経営陣はフランスにいるという企業です。 なので、買収といっても単なる企業間だけの話では済まなくて、銀行や弁護士、PR会社をはじめ、政府(ルクセンブルク・フランス・イギリス・インドなど)や個人投資家(イタリア・フランスなど)、敵対的買収から企業を救うホワイトナイト(ロシア・中国・韓国・ブラジルの製鉄会社など。日本の新日鉄も一時期候補に上がっていたそうです)など、登場する人々も多彩かつグローバルで、それぞれの思惑が絡み合い、状況が二転三転します。下手なサスペンス小説よりスリリングです。 

興味深かったのは、アルセロールのミッタルへの嫌悪感は単なる「敵対的」買収という点からだけ生じていたのではなく(ちなみに「事前の根回しなしにそんなことをするなんて、うちらはアングロ・サクソンと違うんやから!」と当初、ヨーロッパでミッタルはものすごく嫌われます<-日本での場合と同じですね)、人種差別的視点があったということ(当時のアルセロールCEOのガイ・ドイルの諸発言やアルセロール経営陣が「インド人に買収されるくらいなら…」と最後にはむりやり無茶な選択肢をひねり出すところなど)。また、ミッタル・スティールのファミリー経営的な部分(=経営者一族の議決権が一般株主よりも大きかったところなど)も買収への過程で必要に迫られて変わっていったところもまたおもしろかったのでした。 

ハードカバーで約350ページとやや大部な本ですが、英語もそれほど難しくないので読みやすいと思います。